2017/08/13

かぐや姫北へ

以下のお話は岡千曲氏の著書「北のオントロギー」に掲載された「月の男」というイヌピアックエスキモーの昔話を要約したものです。
ところどころ、唐突と思われる部分もありますが、原文に忠実に要約しています(エスキモーの昔話には、結構、唐突な部分があります)。

この話は、中国で作られた「かぐや姫」が、何らかの形でアラスカへ伝播したのではないかと、物語の共通性、中国の埋葬方法とこの物語が記録された付近のアラスカの遺跡の状況などから検証しています。
例えば
・月との往来をモチーフにしたエスキモーの説話はほとんどない。
・どちらも満月の日が移動の日となっている。
・月の人間との結婚(かぐや姫は結婚していないが)
・小さな赤ん坊が急激に成長する
・何らかの形で、育ててくれた家族に富をもたらす
・竹(固い殻)の中から生まれたかぐや姫と、固い殻に閉じ込められ、解放される女性
以上、偶然の一致にしては、共通項が多すぎるのではないか。

 (主人公の「タケナ」はまさに「竹な」だが、中国語で「竹」は「タケ」とは読まないので、これは偶然では?)

遺跡に関しては、古代中国では、戦国時代頃から遺体を埋葬する際、眼窩など遺体の開口部を玉(ぎょく)で塞ぐ埋葬儀礼があった。
この物語が収集された場所からさほど遠くないポイントホープのイピウタック遺跡からは、上記と同様、眼窩や口、鼻などの開口部をセイウチの牙で作られた義眼などで塞がれた遺骨が出土している。
こういった埋葬方法は、アラスカでは他に類を見ないものであり、これも物語同様、中国から伝播した可能性がある。

などです。

上記義眼などで開口部を塞がれた遺骨については、以下のサイトに写真があります。
イピウタック文化について(英語)

さらに詳しく知りたい方は「北のオントロギー(岡千曲 国書刊行会)」をお読みください 。

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月の男 
昔々、アラスカのベーリング海峡沿いの村にタケナという名の美しくて気立ての良い娘が両親と暮らしておりました。
ある日タケナは、母親とサーモンベリーを摘みに出かけました。母親はバケツ一杯摘むと先に家に帰ってしまいましたが、タケナは一人で摘み続けました。ふとツンドラの苔の上を見ると、そこには自分の指よりも小さな赤ん坊がいるではないですか。彼女は赤ん坊をコケに包んで家に連れ帰りました。
タケナは赤ん坊のためにリスの脚の毛皮でパーキー(※1)を作ってあげました。それを見た父親は「赤ん坊のことが好きなら、我が子のように育てなさい」と言いました。彼女はこの子の母親になりたいと思いました。
翌朝、赤ん坊は大きくなり、昨日作ったパーキーでは脚を覆う程度にしかならなかったので、今度はリスの全身の毛皮でパーキーを作ってあげました。この後、赤ん坊は成長を続けたので、毎日のように服を作ってあげなくてはなりませんでした。
ソヤスヴィク(初雪の後の最初の満月)がやってきた頃、タケナは考え事が多くなり、なかなか寝られなくなってしまいました。ある晩、赤ん坊とともに外へ出て海岸を散歩していると、硬い雪の上を走るそりの音が聞こえてきました。それは月の方から聞こえてくるようです。音する方の空を見上げると、犬ぞりが月を横切っていくのが見えます。やがて犬ぞりはは近づいてきて、彼女の前に着陸しました。
そりに乗っていたのは、シフナキアトという名前の男で、月にある家からやってきたのだそうです。タケナは彼を家に連れ帰り手厚くもてなしました。
シフナキアトは、良い母親が見つかるように自分の息子を地上に投げ下ろし、その息子を探しに来たのだと言います。
タケナは赤ん坊をシフナキアトに見せ、我が子のように育てていると彼に言いました。彼は赤ん坊を調べて自分の息子であることを確認しました。そして、あなたはこの子の素晴らしい母親なので、自分と結婚してくれと言いました。
その晩タケナは、彼の求婚を受け入れた印に、トーメアク(選りすぐりの食べ物でいっぱいの大皿)から、その1片を彼の口に運びました。一方、シフナキアトは、そりに積んできた見事な毛皮を彼女の両親に贈りました。
その冬、シフナキアトは家族のために狩をし、大量の獲物をいとも簡単に仕留めたので、娘は素晴らしい猟師と結婚したと両親は大喜びしました。
翌年のソヤスヴィクの頃、シフナキアトは月の家に帰る準備を始めました。もちろん妻子とも一緒です。両親には翌年には訪ねてくることを約束しました。
ある満月の晩、シフナキアトは月に向かって出発しました。その際、妻にそりが止まるまでは決して地上を見下ろさないよう強く言いましたが、彼女が気がつく間もなくそりは月に到着しました。
月に着いたタケナは喉が渇いたので、水を汲んできてくれるよう夫にお願いしました。
夫が水を汲みに行ってしまうと、どこからともなく奇妙な女が現れました。彼女はシフナキアトの本当の妻だと言います。そしてタケナに着ているものを取り替えようと言います。タケナは嫌がったのですが、無理やり取り替えられてしまいました。
服を取り替えられたタケナは地面に倒れてしまい、体に虫が入り込んでしまいました。
水を持って戻って来たシフナキアトは、そりに乗っていたタケナが、前妻と入れ替わってしまっているとは気がつきません。赤ん坊は彼女が自分の大好きな母親ではないとわかっているのか泣き始めましたが、彼は旅を続けます。
程なくして「戻ってきて。その女はあなたの妻ではないの」とタケナが叫ぶ声が聞こえてきます。彼はそりを止めて「誰かが叫んだようだが」と言いますが、女は「ワタリガラスが鳴いているのよ」と言います。先を進むと再び叫び声。女は「キツネが吠えているのよ」と言います。
タケナは死人のよう倒れています。そこへカリブーの群れがやってきました。カリブーに踏まれれば自分にまとわりついている殻が割れるかもしれないと彼女は思いましたが、カリブーは通り過ぎてしまいました。
そこへ彼女の叫び声を聞いたキツネの毛皮のパーキーを着た小さな男がやってきました。男は、かつて地上を訪れた際、彼女の父親に親切にしてもらったので、今度はお前を助けてあげようと言い、拳で彼女を閉じ込めている殻を割りました。
彼女は元どおりになりましたが、着るものがありません。男は、向こうにある泥に望みのものを描けば、描いたものは何でも手に入ると言います。彼女は言われたとおりにして、服、家、そり、そりを引くトナカイを手に入れました。
一方、シフナキアトは家に帰り着き、朝の光で女が残忍な前妻であることに気がつきました。
シフナキアトは、自分の家にいた二人の孤児に外で遊んでくるように言います。遊んでいた二人の孤児は、偶然タケナの家にたどり着きました。彼女は二人に赤ん坊を連れてくるように言い、赤ん坊と再会できました。
二人の孤児にタケナは「私に会ったことは秘密だよ」というけれど、家に帰った二人は、ついシフナキアトに喋ってしまいます。
シフナキアトは、家の前に薪を積み上げてから家に入り、頭にいるシラミ(※2)をとるからと前妻の頭をなでています。すると彼女は気持ちよくなって寝てしまいます。
彼は薪に火をつけ、前妻を家から連れ出して薪の中へ投げ込みました。
シフナキアトはタケナの元を訪れ、彼女と赤ん坊を家に連れ帰ります。
三ヶ月後、彼女は素敵な息子を生み、家族で地上の両親の家を訪問しました。

※1 原文では「パルカ」で、フード付きの毛皮のジャケットのこと。アラスカ北西部では「パーキー」と呼ぶことが一般的なので「パーキー」としました
※2 原文では「koomuck(意味不明)」となっていますが、ポイントホープで「koomuck(クマック)」は「シラミ」のことなので、シラミとしました。