2013/02/13

ウグルック

ウグルック(アゴヒゲアザラシ)
6月、クジラの猟が一段落し、氷が大きく動き始めたころにウグルック(アゴヒゲアザラシ)の猟がはじまる。
ウグルック猟には、陸上あるいは氷上から狙う方法と、ボートから泳いでいるものを狙う方法の、主に二つの手法がある。
氷の状況や猟師の腕によることが多いため、どちらの方法が効率が良いのかはわからない。

砕けた氷が大量に漂っているときや、海岸近くに薄い氷が張り詰めていてボートを出せないときは、海岸や氷の上からウグルックを狙うが、1日粘っても小さなアザラシが時々顔を出す程度で何も捕れないことも多い(小型のアザラシはあまり捕らない)。

波があると波間にウグルックを探すのも大変で、例え見つけたとしても、揺れるボートから動き回る生き物を狙うのは至難の技なので、ボートを出すのは、海が凪いでいるときとなる。

ボートの人員配置は、ボートの大きさや人の数によって様々だか、我々が小型のボートを使う場合は、銃を持った射撃手が船首に2名、、そのすぐ後ろに雑用係1名、操船は船長が船尾に1名ということが多い。

こども船長
ウグルックを見つけると、撃ちやすく、かつ安全な方向に船長がボートを移動させる。安全な方向とは、獲物の後方に他のボートがいなく、かつ陸地がない方向のこと。
海面をすれすれを飛んで行く弾丸は、水切りの石のように水面を跳ねて跳弾となり、思わぬ距離を飛ぶことがあり、非常に危険だからだ。

獲物を銃で仕留めると、素早くボートを獲物に寄せ、獲物が沈む前に、右舷に座った射撃手が長いロープと浮きの付いた銛を打込む(銛の打ち手が右利きの場合)。
そして雑用係が浮きを投げ込むか、銛に付いたロープを握って獲物を確保する。
確保した獲物をボートに固定して曳航するために、「ウナック」という長い柄の付いたフックを使う。ウナックをウグルックの眼窩に引っ掛け、ボートに引き寄せる。
まだ生きていれば、ここでとどめの一発を頭に撃ち込む。吹き出す血と脳漿が海面を真っ赤に染める。
曳航中
ウグルックが完全に動かなくなったことを確認してから、上あごにナイフで穴を開けてロープを縛り付け、舷側に固定して海岸へと向かう。

自分の場合は、銃は撃てないし、撃てたとしても獲物に当たるとも思えないので、雑用係としてボートに乗っている。
銛のロープ捌きとウナックが主な担当で、その合間に作業に支障が無いように写真を撮っている。
作業をしつつ写真を撮っているので、いつの間にやらカメラは潮まみれ血だらけ脂だらけ。幸い頑丈なカメラなのか、今のところ大きなトラブルは発生していない。強いて言うなら、艶消しだったカメラが、妙にツヤツヤし始めたことくらいか。

時々、射撃手が一人しかいないことがあり、そんなときは、ボートのバランスの関係もあり、射撃手の横に座ることがある。
そんなときでも自分が持っているのは銃ではなくてカメラなのだが。

「あー、失敗だ」
着弾した水面に派手に水しぶきがあがる。
「ちょっと低すぎたね。スコープ調整してある?」
着弾場所やらスコープやら偉そうなことを言っているものの、自分はボートから銃を撃ったことはない。今まで銃で撃ったことがある生き物は、すぐ目の前で直立したいた、ツンドラに住むホッキョクジリスくらい。

その日は、あちこちにウグルックが現れるので、Jを射撃手として朝からボートで走り回っていたが、Jの弾丸はなぜか一発も当たらない。
自分は、Jが撃ち損じてウグルックの手前や後方に上げる水しぶきの写真を、Jの隣で撮り続けていた。船長もかなりイライラしているらしい。振り返らずとも伝わって来る。

何度目かの失敗のあとJが言う。
「シンゴ、お前撃たないか?」
深刻な声で、銃を差し出しながら言うので思わず笑ってしまった。
「いや、自分の銃を使うよ。これなら失敗することないし」
とカメラを見せる。

「昼の準備ができたらしいから、ちょっと休もう」
後ろから船長の声。
ウグルックを狙うH

海岸に戻り、昼食。
午後からは昼食のサンドイッチを持って来たHが猟に加わる。

ボートを出してすぐにウグルックの姿。すかさずHが狙いをつけて、ウグルックをしとめる。
午前中の不発は何だったのだろう、というくらいあっけなく獲物が捕れた。

別の日、初めてボートからの猟に参加したW。
この日は大型のボートを使っており、Wが簡単に獲物が取れることはないだろうと高をくくり、船長の後ろに座って、のんびりとWの様子を眺めていた。

「あそこだ!」
獲物を見つけたWが指差す方向へと船首を向ける船長。
肉眼では、それっぽいものは見えないが、スコープを使っているWにはきっと見えているのだろう。
Wの銃から銃声がした。
それと同時に、彼が撃ったウグルックが空を舞う。

「お前、何撃ったんだ?」
「ウグルックかと思ったんだけど」
「ありゃ、鳥だろう」

ウグルックと比較すると、水面を泳いでいる鳥は小さいので、普通はわかるはずなのだが、距離が離れていると時には見間違えることもある。

「あれは?」
「あれはナッチャック(アザラシ)」
「あれは?」
「あれも」

ウグルックが水面を泳いでいるときは、水面に出ている頭は大きく、小型のゴマフアザラシなど(ナッチャック)とは明らかに形が違う。
ナッチャックは、好奇心が強く、ボートを見ても逃げずに「何やってるの?」という顔をして、こちらを見つめていることもある。逆にウグルックは警戒心が非常に強く、ボートの姿を見つけるとすぐに潜ってしまう。

ナッチャックとウグルックは、慣れるまではなかなか見分けがつかないが、大きな頭を上げて悠々と泳いでいるウグルックの姿は、そのうち見分けがつくようになる。
自分の場合、ようやく慣れて来たのは、猟に出始めて7〜8年経ってから。
雑用と獲物探しで、多少は役に立っているのではないかと、思う今日この頃。

0 件のコメント:

コメントを投稿