2018/08/02

初めてのクジラ

「Mが80インチのテレビ、持って行ってしまったよ」
「で?」
「Iは緑のグリズリー(ATV)」
「へぇ」
「CとJはスノーマシン」
Cはエルダー(60歳以上)だったっけ?
「あとは大きな写真とか食器のセットとか」
「トラックを持って行かれなかっただけでも良かったじゃん」
「まあねえ。居間にテレビがないと寂しいよ。さっきTが来たんだけど、テレビがないと静かだなって言って、すぐ帰っちゃったよ」
「ゲームできなきゃつまらないもんな」
「オレのベイビー、80インチ。。。」

ポイントホープでは、キャプテンになって初めてクジラを捕ったとき、町のエルダー(60歳以上の年寄り)がキャプテンの家にやってきて、好きなものを持っていくことができる。それがどんな高価なものであっても、拒否することはできない。
結果的に上記のようなこととなった。

先代キャプテンも初めてのクジラが捕れた際、母親に買ったばかりのホンダ(ATV)を持って行かれている。猟に必須のモーターボートまで持って行かれそうになってしまったので、
「これは息子のだ」
と言って難を逃れたらしい。

昨年、ポイントホープを去る間際のこと。
「もし来年クジラが捕れて、エルダーが来たら『これはシンゴのだ』って言うといいよ」
と助言しておいたのに、すっかり忘れていたようだ。
まあ、80インチのテレビがシンゴのものだと言っても、誰も信じないとは思うけれど。

2018年カグロック雑感

5月終わりころ、スィガロック(天然地下冷凍庫)からマクタックを引っ張り出し、カグロックの準備が始まる。
5月31日午後、元キャプテンから呼び出しがあり、彼の家(部屋が広いので作業をしやすい)のリビング、キッチンに大きなビニールシートを敷きつめ、肉を切るためのベニア板やダンボールを運び込む。キャプテンは仕事に出ていていない。
元キャプテンと若いクルーと一緒に作業をして、ミキアック作りの準備完了。
キャプテン仕事より帰宅
「明日の準備しなくちゃなあ」
「さっきTとやって終わってるよ」
「あ、そう」
なんだかやる気ないな。

6月1日、13時、に集合しミキアックを作り始める。キャプテンは仕事で留守。ミキアック作りの達人、元キャプテン奥さんを中心に作業は進む。
17時過ぎ、仕事帰りのキャプテンがちょっと顔を出すものの、そのまま家に帰ってしまう。
「キャプテンはどこ行ったんだ?」
一通り終了し、晩飯を食べながらつぶやくと
「そうなんだよなあ」
と元キャプテン。
1週間ほど前に発作で一度倒れたキャプテン妻は、無理をしないよう言い聞かされていたが結構頑張っていた。
81歳のIばあちゃんも休みつつも延々と作業を続けていた。

日曜日、ベッドルームから大ゲンカの声。カグロックまであと1週間しかないのに何をやっているんだか。いたたまれたくなり、やることもないのに物置へ避難。
ミキアック作り、ほとんど手伝ってもらえないんだもの、奥さん怒るよなあ。
しばらくして家に戻ると、どうにか仲直りはした様子。
娘曰く、たまにこういう喧嘩するらしい。

家主が仕事中に、自分にできることはじわじわと進める。
スィクパン(薪とともに脂肪を燃やすストーブ)用の古いストーブ、網が剥がれてひん曲がっていたので溶接してみる。自分一人でやる溶接は初めて。調整に失敗して網を焼き切ったりしたものの、どうにか修理完了。
そのストーブ用に集めてきた薪用の流木を電動のこぎりで切りそろえる。
アバラック切断用の大型ナイフの柄についた汚れを落とし、刃を研ぎあげる。
冷凍庫に切り分けて保管してあったアバラック(尾びれ)を5日ほど前に引っ張り出す。隣の家の物置に置き、表面に霜が付いたり結露で濡れたりするので朝晩各1回両面を拭く。
ユーカック(温かい飲み物)用に大きなバケツ2つに雪を集めてくる。溶けたら雪を追加。
などなど。

本番数日前
「だんだんナーヴァスになってきてるだろう?」
「そうだなあ」
キャプテンになって初めてクジラを捕った。さらにこの年最初のクジラを捕っているので、カグロックの際は、まず最初に話をしなくてはならない。
「喋ること紙に書いといたらどうだ?」
絶対にやらないとは思っているけれど、一応助言。
アバラックを配るキャプテン

そして本番。
キャプテン、思いの外しっかりと、そして堂々と、神に対して、人々に対して、感謝の言葉を語ったのだった。

アバラックを配っているときに「シンゴ!」と名前だけ呼ばれた。
アバラックを受け取り、ハグしつつ「ありがとう」というと「愛してるぜ」「オレもだ」。
一瞬涙が出そうになった。

3日目の夜。体育館での踊りと肉やマクタックの配布が終わり、車へ向かう道すがら
「ありがとう、H」
というと、なんだか都合が悪そうな、はにかんだような笑顔をよこしただけだった。

結果的にほぼ元キャプテン夫妻の主導で進んだカグロックだった。
学ぶべきことはまだまだたくさんあるはず。
まあそのうち独り立ちできるだろうとは思うけれど。
応援してるぜ。

2018/05/07

海の中の音

昨年、思うことあって作ったステレオ水中マイク。
アラスカへ出発直前の4月中頃、秋葉原へ出かけた際に、そういえばマイクケーブルをもう少し長くしようと思い立ち、電線屋さんでケーブルを買いってきました。
 マイクのケーブルだけ変えるつもりだったのに、ついつい全部作り直してしまったのです。
水中テストしないまま持ってきたら、1度の使用で浸水。乾かしたら直ったけれど。
その後は試しておらず、もしかしたらしばらく録音の機会はないので、最初に録れた音をちょっとだけ加工してスライドショーにしてみたのです。

 海の中の音

イヤホン、ヘッドホンで聞いてみてください。
いろいろな音が聞こえてきます。
動物の声、水が氷に当たる音。
最初の頃わずかに「カッ、カッ」と聞こえてくるのは、ニクシック(カギのついた重り)で海底に沈んだベルーガを探している音。
そして「ザッ、ザッ」という音は、誰かが氷の上を歩く音。
「チリチリ」と聞こえる電気的雑音は、マイクが少しずつ浸水している音かと。。。
こんなに賑やかに聞こえるんだから、氷の上でちょっと何かしたら、すべて水中の生き物たちに聞かれてるということだよね。

2018/04/01

苺販売を行います(行いません)。

ご存知の方もいると思いますが、私、学生時代を静岡で過ごしております。
静岡といえば苺の産地でして、当時からの友人、岩内真実(いわうちまさみ)も苺農家の長男でした。
卒業後、家業を継いで苺農家となり、昨年あたり海外進出をしたとのこと。しかし最近まで、彼がどこで何をしていたのか知りませんでしたが、先日、こんなパンフレットが送られてきました。

南極苺パンフレット
南極産の苺を日本で売りたいというのです。南極、確かに海外です。
まあ、何かと世話になっている数少ない友人のひとりですので、ここは一肌脱ごうということで、苺販売を手伝うこととしました。
実はまだ試食もさせてもらっていないのですが、彼の作っていた苺は、他の農家の同じ品種のものと比べても、格段に美味しかったので、間違いはないと思います。

販売は夏から、とのことですが、このブログを見てくださっている方には、先行販売をしても良い、と言われております。
南極から運んでくるので、値段がちょっと高めなのがネックですね(すみません、値段は「高め」としか聞いていないのです)。

直接私に問い合わせ頂いても構いませんし、以下の苺販売サイトから問い合わせてもらっtても良いでしょう。

南極苺

毎度ごめんなさい。
4月1日、エイプリルフールの嘘記事です。お許しくださいませ。
苺なんて売りません。URLはどこにもリンクしてません。
マクマード基地近くの断崖じゃなくて、アラスカのトンプソン岬です。

2018/03/29

毎日新聞夕刊

先日の「お店のようなもの」での「お話会のようなもの(クジラノツカマエカタ)」、無事終了いたしました。
思いの外多くの方に集まっていただき、のんびりと話をしていたら、いつもと同じ内容なのに、3時間くらい話をしておりました。
いらしてくださった皆さん、ありがとうございました。

さて、そのお客さんの中に、毎日新聞社の方がいらっしゃいました。
終電で帰ると出て行ったのですが、しばらくして酒とつまみとともに戻ってまいりました。電車に乗り遅れたそうです。
そんなこんなで朝を迎え、迎酒をいただきつつ(僕は飲めないのでコーヒー)、簡単なインタビューを受けつつ、昼頃までダラダラと過ごしておりました。

その時のお話が、夕刊に載っておりました。
憂楽帳

短い記事ですが、話をした内容はしっかりとまとまっております。
酒飲みながらのインタビューとは思えません。さすがプロの仕事です。
年齢を見てびっくりしたとか、エイプリルフールかと思ったとか言われてますが、事実ですよ。
そして悪いことをしなくても、新聞に載るのですね。

2018/03/10

お話会のようなもの

お知らせが遅くなりましたが、3月17日(土)19:30より、横浜の「お店のようなもの」において「お話会のようなもの」を実施いたします。
クジラ猟のことなど、ポイントホープでの出来事をゆるゆるとお話いたします。
聞きたいことがあれば、何なりと聞いていただければ、お答えするという形で、特に終わりは決めず、だらだらゆるゆると、眠くなるまで。

ビールのようなものの販売があるそうなので、それ以外に飲みたいもの、食べたいもの、それとカンパは500円以上お持ちくださいませ。寝袋もあると良いかもしれませんね。

お店のようなもの
http://omise.nojukuyaro.ga/

ところで、この「お店のようなもの」ご存知の方はご存知、人生をより低迷させる旅コミ誌「野宿野郎」編集長、かとうちあきさんのお店です。
https://nojukuyaro.ga/

以前、昼休みにラジオを聞いていたら、初めての野宿が道路脇の側溝だった、という女性が書いた野宿の本を紹介しておりました。その時は、すげー人がいるもんだ、とだけ思っていたのです。
それから数ヶ月後、地平線会議の催し物の打上げのあと、ソファで酔いつぶれている女性がおりました。聞けば普段飲めない本物のビールを飲みすぎた、とのこと。その方、2次会の居酒屋では、床で寝ている。時々目を覚ますので、話を聞けば、彼女がその側溝で寝ていた野宿女子だったと。
出会いとはすごいものです。

なお、当日は「ウルのようなもの」「Tシャツのようなもの」「袋のようなもの」など、数々の売れ残りをお持ちしますので、お買い求めいただけると、私の生活が潤うので助かります。

お時間ある方は、ぜひ。

2018/01/03

クジラ肉の分配について

クジラが捕れると、以前にも紹介した通り、銛を打った順番で各クジラ組のもらえる部位が決定する。
クジラから切り取られ、一箇所に集められた肉とマクタック
クジラが氷上に引きあげられると、各クジラ組は自分たちの取り分の箇所に取り付いて、マクタックや肉を切り取り始める。
これらはひとまず一箇所に集められ、各クジラ組の海岸のキャンプ地へと運び、タープ(ブルーシート)をかけて、一時保管される。
氷上での作業が一段落したら、キャンプ地にまとめて保管してある、肉、マクタックの分配を始める。

各クジラ組には、猟に出ている男性、それを手伝う下働きの少年(Boyer、ボイヤー)、料理を作って男性たちを支えている女性たち、総勢で20名近い、あるいはそれ以上のクルーがおり、その人数に合わせて、均等に肉、マクタックを分配する。
分配は、キャプテンからボイヤーまで、分け隔てなく均等に分配する。キャプテンだから多め、ボイヤーだから少なめ、といったことは一切ない。
手前側は分配された肉、奥は分配されたマクタック

まず肉塊で大まかに人数分の山を作り、地面(雪面)に並べる。
そこから小さな山には肉を足し、大きすぎる山からは肉を抜き取り、同じ大きさの山を作る(マクタックも同様)。
その後、各自が好きな山を選んで家に持ち帰る。
この分け前のことを「ニギャック」と呼ぶ。

この写真の場合、一人当たりの取り分は肉、マクタックともに一人当たり10キロ以上になった。
家族で猟に関わっていれば、ひと家族あたり数十キロの肉が一回の猟で手に入ることもある。
持ち帰った肉は、時間に余裕があれば、小さく切ってジップロックバッグへ詰めて冷凍保存する。
時間に余裕がなければ、大きなポリ袋(ゴミ袋を使用している)のまま、巨大な冷凍庫へ投げ込んでしまう。ただし、これをすると、冷凍庫の底に張り付いたりして、取り出す際に苦労することになる。

2018/01/01

2018年のご挨拶

みなさま、明けましておめでとうございます。
相変わらず更新の少ないブログですが、今年もよろしくお願い致します。

今年から僕の所属するクジラ組も世代交代。キャプテンが新しくなります。
それに伴い、いろいろなことがあると思われるので、新キャプテンのために今まで以上に働かないといけないな、そう思っています。

今年でポイントホープに通い始めて26年になります。
古い世代はどんどんいなくなり、新しい技術がどんどん入り、さらに年々温暖化が進んでいます。
人も文化も気候も加速度的に変化していることを身を持って感じています。
目の前で廃れていく文化があり、知れば知るほど知らないことが増え、学ぶことは常に増え続けている感じです。

既に人生の折り返し点は過ぎたような気がしないでもないですが、まだまだ続けますよ。