2013/05/23

イライジャ

クジラ猟の元キャプテンで、牧師をしていたイライジャが亡くなった。
昨年のカグロック(クジラ祭り)の際、みんなの前で話をしていたのを聞いたのが、自分にとって最後の説教だった。

この町のキャプテンのほとんどは、キャプテン引退後数年で人生も引退してしまう。 色々な意味で引き際がわかっているのかもしれない。

イラジじゃの葬儀にて、歌う人たち
教会へ行くと、白い聖衣をまとったイライジャが聖書を片手に、わかりやすく説教をしていた。
何か行事の時は、必ず最初に祈りを捧げるのもイライジャだった。

でも、今日は違った。
説教をしているはずのイライジャは 棺の中に横たわり、代わりによその町からやって来た白人の牧師が何か話をしていた。

トラックに乗せられた棺
以前、海岸でクジラ猟の準備をしているとき、 いつの間にか傍らにイライジャが立っていたことがあった。
「どこからかミキアックの匂いがするな」
聞いたことのある声がするので振り返ると、満面の笑みのイライジャ。
ミキアックとは、クジラの肉とマクタック(皮の部分)などを使って作った食べ物の名前。そのときはクジラが捕れる前なので、ミキアックがあるわけもない。
そう、自分のエスキモー名はミキアック。彼はいつも「ミキアック」と呼んでくれていた。

この2ヶ月、ポイントホープではイライジャを含めて2名の牧師が亡くなった。
墓地へ向かう車列
もう一人の亡くなった牧師、ウィルフォードも魅力的な人だった。特に彼のエスキモーダンスは、見る人を笑顔にする、とても良いダンスだった。
イライジャも夫婦で、素敵なダンスを踊っていた。

人は年を取り、人生を全うしてこの世から去って行く。それはわかっている。でも、いつもそこに立っているはずの人がいない、というのはとてつもなく寂しいものだ。

2013/05/16

ものぐさな一日

エスキモーは、今の日本人からは考えられない程、簡単に養子のやり取りをしている。お年寄りなのに幼い子供がいたり、両親の顔と全然顔つきの違う子供がいたり。ほとんどが養子として育てられている子供たちだ。

居候先に奥さんの兄Lとその一家が、バローというアメリカ合衆国最北端の町からやってきた。ポイントホープに養子に出している娘が中学校を卒業するので、卒業式を見るために。ちなみに居候先の6歳の長男も、このL一家からやって来ている。

卒業式も無事終了し、L一家は、すぐにバローへ帰るのかと思えば、そうでもなく、この家でただひたすらぐうたら過ごしている。
ただし、子供たちは、両親それぞれの実家へ行って遊んだり、それなりに充実した日々を過ごしている様子。

Lは、腹の周りの脂肪がだらしなく垂れ下がった、典型的なアメリカ人的な巨体を持ち、ソファとトイレを往復しただけで息を切らしている。常にソファを占拠し、日がなテレビを見たりプレーステーション3(PS3)をしたり。
時々、この家の車を借りて出かけるものの、間もなく戻って来て、再びソファを占拠している。
テレビの前に座っている間は、必ず傍らにコーラがある。

午前中、ひっきりなしにLの母親から電話がかかって来る。しかしLは嫁とともに爆睡している。声をかけても「あとでかけ直すと言ってくれ」と言ってまた寝てしまう。

昼過ぎになるとようやく起き出して来て、冷蔵庫からコーラを出し、何か適当に食べ物をあさって、再びソファを占拠してテレビを見始め、夕方までテレビを見続ける。
家主が仕事から戻ると、家主と一緒にPS3。バスケットボールか野球のゲーム。
家主と自分が用事があって出かけている間は、一人でテレビを見ているらしい。我々が戻って、家主の気が向けば再びLとゲーム。
深夜12時過ぎに家主が寝る頃、家主の妹のボーイフレンドのDがやってくる。ちなみにDは、家主の奥さんの姉(故人)の子供、すなわちLはDの叔父になる。
そこからまたPS3を始めるLとD。
Dは無職。Lはポイントホープにいる間はとくにやることはない。二人とも気が済むまでゲームをしているらしい。
Dのガールフレンドは今まさに妊娠中で、もうすぐ彼は父親になる。ガールフレンドは毎日仕事に出て働いている。Dは彼女が留守の間に、彼女の部屋に潜り込んで、彼女のベッドで勝手に寝ているらしい。
こういう何とも言えない風景は、エスキモーの間ではそれほど珍しいことではない。

Lの奥さんは、卒業式の日の夜、自分の実家に戻り、深夜まで飲み続け、酔っぱらって帰って来て、玄関先で寝ていたらしい。
ちなみにこの町での飲酒は違法だ。
他の日も深夜までiPadで映画を見たりゲームをしたり、遅くまで起きている。時々思い出したように、何か調理をしてはいるが。
もちろん、奥さんもそれなりの巨体を持っているが、まだLよりも動きは軽い。

そんな感じで、何しにポイントホープにやって来たのかわからない、だらだらと妹夫婦の実家で過ごす、だらけた夫婦。

こっちの母ちゃん(すなわち家主の母親)に言われたのは
「誰かの家にお世話になる時は、自分がいる間食べる分の食べ物くらいは用意して、仕事はどんどん手伝うこと」
日本人からしても、当たり前のことをさんざん言い聞かされた。
そして、母ちゃんの家にやって来て、泊まって行く人たちは、実際にそのようにしている。
自分のことは半分くらい棚の上に上げておくとしても、自分に出来ることは、なるべく手伝うようにしている。

あるとき、白人の研究者が魚のサンプルを欲しいと、海辺で漁をしている人のところへやって来たことがあったそうだ。
その研究者は、傍らでずっと漁を見続けて、何の手伝いもせず、サンプルの魚を持って行こうした。すると
「何も手伝わないで魚だけ持って行こうなんて、そんな甘い考え通用するわけ無いでしょ?」
と追い返した強者のおばちゃんがいる。
毎年会う、白人の海産哺乳類の研究者は、きちんと解体作業を手伝って、必要なサンプルを貰っていく(恐らく、最初に強者のおばちゃんに色々言われたのだろう)。ついでに肉もわけてもらって、美味しくいただいているらしい。

テレビでしか見られないような、だらしないアメリカ人一家、しかもエスキモーの一家を間近で見ることが出来るなんて、なんて素晴らしいことだろう。

2013/05/13

ホワイトアウトの日

2013年5月12日
昨日の朝降り始めた湿雪は、気温の低下とともに本格的な雪になり、強い北風に乗って地吹雪の様になっている。

4月下旬、氷に亀裂が生じ開水面が現れた。海は町に数頭のクジラを与えてくれたが、その後吹き続けた南風で水面は再び閉じてしまったので、クジラの猟は一休み。
北風が吹いているが、今のところ町から近い海氷上に水面は開いていない。

エスキモーの間には、各地に「小さい人」や「大きい人」の伝承が残っている。
「大きい人」は、現在のエスキモーがアラスカへ入ってくる以前に、北極圏に住んでいた人たちのことが今に伝わってているのではないか、という説がある。

そして「小さい人」
ポイントホープでは時々「小さい人」に遭遇する人がいるので、実際に「小さい人」はいるのだろう、ということになっている。

10数年前、ホンダで猟に出ていた若者が、深く立ち込めた霧の中でトレイルを見失ってしまった。付近の地形を熟知している若者は、霧さえ出ていなければ決して道に迷うことはないのだが、その日は、自分の周囲がわずかに見渡せる程度の、いつになく濃い霧だった。
無駄に走り回ってもガソリンを消費するだけで、トレイルに戻れる確証はない。どちらへ進んでいいのか、途方にくれている若者のところへ現れたのが「小さい人」だった。
彼はイヌピアック語で若者に話しかけてきた。しかし英語で育ってきた若者には、ほとんど何を言っているのかわからなかった。身振り手振り、知っているイヌピアック語の単語を並べて、状況を説明すると、彼は若者をトレイルまで導いてくれたので、無事に町へと戻ることができた。

近年だと、町のほど近いツンドラで「小さい人」に出会った人もいるという。

「小さい人」を見たことのある人たちの話では、彼らの身長は、普通の人の半分くらい。昔ながらの動物の毛皮で作った服、ズボン、ブーツを身につけていて、イヌピアック語で会話をしているという。

町の言い伝えでは、彼らはツンドラに穴を掘って家にしており、普段から人目につかない様にしている。
猟は弓矢で行う。とても力が強くて、捕まえたカリブーを1人で楽々と担いでいけるほどだという。
霧が立ち込めたり、雪が激しく降ってほとんど周りが見渡せなくなっているホワイトアウトの日には、氷の上に出て、クジラを捕っているのだという。

コーヒーを飲みながら、風に吹き飛ばされていく雪を窓から見ていると、Pが呟いた。
「こんな日は、小さい人たちがクジラの猟に出てるんだろうな」

風と雪は収まる気配がない。

2013/05/05

クジラ

ここのところ、日本での仕事に区切りをつけて、5月の連休中にアラスカへ向けて出発ということが続いている。
そしてここ数年、出発の数日前、あるいは4月下旬に、クジラが捕れたとポイントホープから連絡があることも多い。

近年、インターネットのおかげで、あっと言う間に情報は画像とともに拡散する。
Facebookに「おめでとう」と載っていて、もしや、と思っていると自分の所属するクルーがクジラを捕っていたりする。

今年(2013年)の場合、4月下旬に立て続けに3頭もクジラを捕っている。引き揚げと解体作業はかなり労力を使うから、しばらく休んでから、次の猟だろうなと、安心していると、また続けて捕っている。
Facebookに上げられた写真を見ると、小型のクジラ(と言っても10mほど)なので、それほど手間取らないから、立て続けに捕ることも可能なのだろう。

さて。
つい昨日のこと。成田空港で出国手続きを済ませて、搭乗口で搭乗開始を待っていた。
ヒマなので携帯電話でFacebookを開いてみる。すると「捕った?」「捕ったよ!」との会話。
よく見るとうちのクルー。

え? 捕っちゃったの?

つい先日、電話でこんな会話をしていた。
「まだクジラが捕れないよ」
「焦ることないって、まだ4月だし」
「もう2週間も猟に出てないんだぜ」
「心配するなって。たぶん、オレの行く2日前にクジラは捕れるよ」

自分の所属するクルーのキャプテンの最初のクジラは、自分がポイントホープに到着する2日前に捕れた。
次のクジラもそんなものだった。その次は到着1週間ほど前。確か新宿でアラスカに持って行くものを買い物をしている時にクジラが捕れたと、連絡があったのだった。
その後もそんな状態が続いた。

実は自分のクルーがクジラを捕った時に、自分はその場にいたことがない。
そして先日の電話での会話。冗談が現実になってしまった。

何はともあれ、クジラが捕れたことは、とても嬉しいこと。
明日の午後にはポイントホープ。仲間たちとの再開がとても楽しみだ。