2013/07/12

ウミァック

エスキモーの間で古くから使われている船にはカヤックとウミァック(ウミアック)というものがある。

※ウミアックを「ウミァック」と書いているのは、ポイントホープでは、「ウミァック」に近い発音をするから。日本人の耳には「ウマーック」 とも聞こえる。


カヤックは1人ないしは2〜3人乗りの小型の細長い舟。
ウミァックは8人程度からそれ以上が乗れる大型の舟。
どちらも木製の骨組みに海獣の皮を張って作られていたが、今では布やグラスファイバーを張る場合も多い。

カヤックは今や世界中でレクレーションに用いられるほど普及しているが、エスキモーの間では廃れつつある文化と考えても良いかもしれない(グリーンランドでは今も現役だが)。
ポイントホープでは、カヤックはそれほど重要視されていなかったようで、10数年前に当時60代だった人に話を聞いたところ、その人が子供の頃、既にぼろぼろになったフレームを見たことがある、というのを聞いたくらい。
この町ではカヤックよりも、公園のボート程度の大きさの小型のウミァックを作り、使用していた。ただし、これも廃れつつあり、今やフレームが残るのみで、使っている人はほとんどいない。

ウミァックは今も現役。かつては春から秋にかけて、水面がある期間はずっと使用していたが、今ではクジラの猟の時のみ使用している。
船尾より。フレームと皮の張り方等がわかる

かつて流木のみを組み合わせて作っていたウミァックも、今では市販の製材された木材のみを使う場合が多い。しかし船首部と船尾部の立ち上がり部分のみ、流木の中から適当な形のもの(根から幹にかけての曲がった部分を使う)を使用している人も多い。
 骨組みは金具やねじ、紐を併用して組み立てられているが、もちろん金属が普及する以前は、木に穿った臍(ほぞ)と、海獣の腱や皮で作った紐で固定されていた。

船体にはウグルック(アゴヒゲアザラシ)の皮を張る(セントローレンス島など、セイウチ
の皮を用いるところもある)。
6月に捕ったウグルックの皮は、丁寧に剥いで脂肪層も取り除いておく。ポイントホープではこのとき、前後の脚は切り取らず、皮に付けたままにしておく。
ビニール袋など、密閉できる袋に入れた皮を屋外の小屋や砂の中に8月頃まで埋めておくと、皮の表面が変質して毛が抜けやすくなる。
海で洗うなどして、毛をすべて除去した皮は、そのまま乾かして2月下旬から3月上旬にかけて、ウミァックに張るまで保存しておく。

ちなみに残った前後の脚は、非常に臭いが一部のお年寄りが好んで食べるそうだ。

ウミアックの上で昼寝中
皮を張る際に使うロープもウグルックの皮を使う(ナイロンロープを使っている人も多い)。
ロープを作る際にはポイントホープで「アレギラック」と呼ぶ、未成熟の小型のウグルックの皮を用いる。この方が皮が薄くてロープに適しているとのこと。
ロープを作るためのアレギラックの解体方法は、胴体の中央付近から、服とパンツを脱がせるように皮を剥ぎ、その切り口の部分から、螺旋状にロープを切り出して行く。

干して保存しておいたウグルックの皮は、しばらく水に浸けて戻して柔らかくした後、7枚ほどの皮を数名の女性たちが1日で縫い合わせる。かつてはカリブーやベルーガの腱(シーニュー)を使ったが、今では麻や皮革用の糸を用いる。
縫い目が表面に出ないような特殊な縫い方をするため、縫い目から水が漏れることはない。

縫い合わせた皮は、フレームの滑りを良くするためにクジラの脂を塗り、フレームに張って行く。
張り上がったウミアックをしばらく天日にさらしておくことで、漂白され、白い船体となる。
濡れた状態で置いておくと、あっという間に船体は薄汚れてしまう。

クジラ祭りにて。右側2艘は皮を剥がれてしまっている。
左から2艘目はベニア板にグラスファイバー張り
6月中旬、クジラが捕れたことを祝うクジラ祭り「カグロック」が3日間に渡って執り行われる。
祭りはウミアックを中心に行われ、夜間はウミアックを運ぶソリのを横にした状態で立て、祭壇のようにしてウミアックを置いておく(詳細はいずれ「カグロック」について書くのでその際に)。

クジラを始めて捕ったキャプテンのウミァックは、クジラ祭りの2日目(あるいは最終日)に、皮をお年寄りの女性たちに切って分け与えてしまう。
この皮は、固くて丈夫なので、マクラック(ブーツ)の底に使ったり、ナイフの鞘を作ったり、色々と使い道がある。

カグロックが終わると、クジラの猟も終了。
イキガック上のウミアック
船首は北。太陽も北
ウミァックの皮を外し、折り畳んだ皮は、物置へ。状態が良ければ翌年また使用するし、場合によっては、ナルカタック(ブランケットトス、人力トランポリン)用に使われる。
骨組みだけになったウミァックは「イキガック」という木で作った棚へ載せておく。
そのとき、船首は必ず北へ向けておく。何故か分からないそうだが、昔からそうやっているとのこと。

猟になかなか出られず、あまりにヒマだったので、海岸で拾って来た木片と物置に転がっていた材木の切れ端を使って、ウミァックの模型を作ってみた。
ヒマに任せて模型を作ってみた
本当はすべての材料を海岸で拾って来たかったのだが、次第に面倒くさくなり、物置の材木で代用。
電動工具を引っ張り出すのが面倒くさくて、斧とナイフで木を縦に割って細い材をつくり、本当はすべて糸で縛って組みたかったが、面倒くさくなり接着剤を多用。
ヒマと面倒臭さの賜物である。
肋材の本数が少なかったりするが、基本的には実物と一緒。

天候が悪くヒマな日々が続いたので、皮を張ってみた。
材料は先日作ったウグルック(アゴヒゲアザラシ)のイガローック(腸)の皮。
家主からはイナローック(脱毛して漂白したアザラシの皮)を使った方が本物に近い、と
イキガック(舟を載せる棚)も
本物風に作り、上に載せてみた
言われたものの、皮自体が厚いので、外から船体構造が分かりにくくなりそう。フレームがその厚い皮の張力に耐えられなさそうでもある。
イガローックを張った方が、何となく古めかしい感じがしてよさそうだ、とのことでチクチクとイガローックを縫った。
乾いたまま縫うと針穴から裂けて来るので、水で濡らしてから縫う。
それなりの縫い方があるはずなのだが、よくわからないので適当。結果、所々隙間が見える。

クジラに撃ち込むための銛のロープには「アヴァタクパック」と呼ばれるブイ(浮き)がついている。昔は、アザラシの皮を服を脱がすように剥いで、風船のように空気を入れて膨らませたものを使っていた。
いろいろ考えた結果、この模型のウミァックに合う大きさのアヴァタクパックを作るのに、ちょうど良い大きさの生き物に思い当たった。

「アヴァタクパック作ろうと思うんだけど」
「アザラシの皮の切れ端でも使う?」
「いや、ネズミ」
「え?」
「ちょうどいい大きさじゃん」
「いい考えだと思うけど、誰が捕まえるんだ? オレはイヤだよ」

家主はネズミが恐いと言っていた。見るのも怖いらしい。ウグルックなどは平気で捕るのに。
アヴァタクパックなどを作り出したら、パドルやら銛やら色々作らなくてはならないので、とりあえず却下。

2 件のコメント:

  1. Takazawaさん、すばらしいレポートありがとう!
    本当に貴重な話です!!!

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    1. コメントありがとうございます。
      コメントを全く確認しておりませんでした。申し訳ありません。

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