その年のクジラ猟のためにポイントホープへ入って数日後のこと。
その日は何度もクジラが沖合に現れ、その度にウミアックでクジラを追っていた。
ウミアックに乗れる人数は8名。我々のクルーは10名ほどいたため、自分は氷の上で双眼鏡を覗いてウミアックとクジラの行方を追い続けていた。
クジラは氷のほうに近づいて来て、どうやら氷の下へ逃げ込んだようだ。
数艘のウミアックが氷の端、キャンプのすぐ横へ戻ってきて、沖を向いて並び、再びクジラが浮上をするのを待つこととなった。
我々のキャンプのすぐ横にウミアックが集まってきたので、カメラをぶら下げてそばまで写真を撮りに行く。
目の前にはクーヌックのウミアック。東のほう、ナシュクパックのウミアックの向こうに我々のウミアックも見える。
写真を撮りつつ、クジラが浮き上がるのを待つ。
突然、「ドン」という低い音とともに、足下に氷の振動を感じた。
「なんだ? 地震か? え? 氷の上だぞ?」
そう思っていると、いきなりクーヌックのウミアックが水面から持ち上がった。
何事だろう。とっさのことで全く何が起きているのかわからなかった。
目の前のウミアックは転覆し、乗っていた男たちが海に投げ出される。
助けなくちゃ、そう思うものの、身体が動かない。どうしたらいいんだろう? そう思いながら手元を見ると、カメラを握りしめている。写真なんて撮っている場合ではないが、とりあえず写真を撮ろう。
何度かシャッターを切る(結局2枚しか撮っていなかった)。
助けなくちゃ、もう一度そう思ったものの、相手は水の中。カメラを置いて、走り出そうとしたが、水温0度の水の中の人たちを簡単に助けることはできない。
何もできずに立ちすくんでいると、 すぐ隣にいたレーンのウミアックが漕ぎより、男たちをウミアックに引き上げはじめている。
我々のウミアックも近づいてきて、キャプテンがこちらに向かって何か叫んでいるが、遠いのと興奮で何を言っているのか聞き取れない。
あとで聞いたところ、メインの氷にクラックが入ったと思い、後ろへ下がれと叫んでいたとのこと。
事故現場から一番近いキャンプは我々のキャンプ。男たちはそこへ引き上げられるようだ。
海に落ちた男たちを暖めるため、ソリの上に置いてあった大型のテント「アークティックオーブン」を組み立て、ガスコンロを入れて、内部を暖める。
引き上げられた男たちの濡れたジャケットや服を脱がして、テントの中へと押し込む。
男たちは信じられないくらい大きく震えていて、会話もままならないほどだった。
しばらくすると、どこからとも無く着替えが届き、身体が暖まった男たちを町へと送り返した。
実際何が起きていたのか。
水面下にあった大きな氷の塊が、突然クーヌックのウミアックの真下から浮き上がり、その氷に乗り上げたウミアックが転覆してしまったのだった。
他のウミアックでは、クジラが再浮上したものとおもい、一斉にパドルを漕ぎ始めたそうだ。
上段:転覆数分前。 下段:転覆時。 |
海に落ちた男たちが 町に戻って数時間。町からソリを引いたスノーモービルがやってきた。
「事故に合った男たちは? 暖かい毛布と着替えを持ってきたんだが?」
サーチ・アンド・レスキュー(ボランティアの救難隊)がやってきた。
「とっくの昔に町に帰ったよ」
一体、どんな連絡網になっていたのだろう?
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