特に今年は、5月中旬に例年に無い大雪が降り、ツンドラは至る所に残雪が残っていた。しかしここ数日、気温が上がり始め、その雪も溶け、時々雨も降るようになって来ているので、この長靴が活躍するだろう。
気温が上がって来たので、外の物置に置いてあったベルーガ(シロイルカ)の尾びれと胸びれが融け始めて来た。これは6月に行われるクジラ祭りで町の人たちに振る舞うもの。傷んでしまっては振る舞えないので、1970年代まで居住地のあった「オールドタウンサイト」付近にある、スイガロックというツンドラに穴を掘った天然の冷凍庫へ放り込みに行くことに。
さっそく、届いたばかりの新しい長靴を履き、こちらへ来る直前に日本で買った、ほとんど履いていない新しいスキーパンツ(防寒用オーバーパンツ)を履いてホンダで出かける。
途中、深い雪にスタックしながらも、どうにかスィガロックにたどり着く。
新しい長靴は全く冷たさを感じず、湿雪にも強く、快適そのもの。
スィガロックは永久凍土の地面に穴を掘り、保管庫にしたもの。冷凍庫が無かった昔は、とても活躍していたことだろう。
今は冷凍庫に入りきらないクジラの肉やマクタックなどを一時的に保管しておいたり、この町で「アギロック」と呼ぶクジラの尾の身の部分を秋まで入れておいて熟成させるために使用している。
※スィガロックに一時的に保管しておいたマクタックや肉は、熟成されて味が良くなっているので、多くの人、特にお年寄りに好まれている。
スィガロックにたどり着き、蓋を開けると、先週来たときには無かったものがたくさん入っている。
覗き込みながら唖然とする。
「いつもこの時期はこんなこと無いのにな」
「うん、初めて見たよ、こんなの」
スィガロックの中は、深さの半分程度まで水で満たされていた。
中に詰められた肉などはすべて水の下。
「ベルーガのしっぽを放り込むだけの簡単な仕事だと思ったのになあ...」
そう言いながらも紐付きのバケツで水を汲み出す準備を始める。
ある程度水を汲み出したが、まだ肉の隙間にはかなり大量の水が入っている。
「シンゴ、お前中に入って水をバケツに入れられるか?」
「んー、たぶんね」
この時期、マクタックや肉がたくさん入っているので、大きな人はスィガロックの中に入りにくい。周囲を見回すと、自分が一番小さいのだ(どんな場合も、大体自分が一番小さい)。
永久凍土とはいえ、1年中地表面まで凍っているわけではなく、暖かくなれば地表面近くの凍土は融けて来る。特に夏は結構深くまで融けるようだ(なので植物も生育できる)。
融けた氷は水となってスィガロックの中へと流れ込んで来るのは自然なこと。
スィガロックの中に入る。中はあちこち凍り付いていて、霜も付いているものの、1ヶ所からしずくが垂れている箇所がある。
スィガロックの中。クジラの骨で骨組みが組まれている。 骨の表面には霜が付いているが、写真の下の方には水。 |
脂まみれの小さなバケツを使って、油の浮いた水を紐付きの大きなバケツに入れる。
脂肪層のついたマクタックや、脂肪でくるんで熟成中のアギロックなどを入れてあるので、スィガロックの中は脂まみれ。そして古くなって粘ついた脂も多い。
中へ入るとわかっていたら、古いブーツを履いてきたのに。古いスキーパンツを履いてきたのに。でも後の祭り。
ジャケットは古着屋で買ってからだいぶ年月の経った年季の入ったものなので、これだけはあきらめが付く。
何杯くらいくみ出したろう、ようやく底が見えて来た。
「明日もまた見に来なくちゃいけないね」
ジャケット、スキーパンツ、長靴ともに粘つく脂でぎとぎとに。特に新しい長靴は脂とスィガロック周りの枯れ草が張り付いて、ひどいことになっている。
周りに残った雪で脂をこすり落としてみたが、気休めにしかならない。
這い出て来たところ。 |
再びスィガロックの中に入り込んで、5ガロンのバケツで16杯分。バケツ8割で汲み上げていたとして、おおよそ250リットルほど。恐らく初日はその倍、500リットルくらいは汲み出しただろう。
日増しに水の量は減りつつあるが、気温も日増しに上昇している。
スィガロックへ潜る日々はしばらく続きそうだ。
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