2012/12/04

ウスック

ある年の6月上旬。その年キャプテンになったばかりのPが、彼にとって最初のクジラを仕留めた。
6月上旬はクジラ猟期の終盤、海氷はかなり小さくなっていたため、クジラを氷が厚く安定している海岸近くまで引いて来ることができた。
普通、クジラは滑車とロープを使って人力で引き上げるのだが、氷岸が陸に近く、クジラが15mほどの大きなものだったため、町から道路整備に使っているブルドーザーを持って来て引き上げることになった。
しかしクジラはあまりに重く、重機を使っても、引き上げるまでにはかなりの時間を要したのだった。

引き上げが終わると、クジラを捕ったPのクルーがクジラの前に集まり、記念撮影が行われる。
記念撮影をしている横やクジラの反対側では、真っ黒いゴムのような体の表面をペタペタ叩いて感触を確かめ、子供たちはクジラの上に登って全身でクジラの大きさを確かめている。
あまりに巨大で、ついさっきまで海で泳いでいた生き物だとは思えない。

クジラの周りを歩いていた一人の女性が、クジラの下腹部付近から、乳白色の液体が垂れていることに気がついた。
「ねえ、これ何かしら?」
一緒にいた人に尋ねる。
「このクジラ、きっとメスだから、これはクジラのお乳よね」
「あ、そうね。きっとそうよね。でも、クジラのお乳ってどんな味がするんだろう?」
「舐めてみたら?」
とかなんとか話しをしていると、他の女性たちも集まってきた。
集まった女性たちの間で、その乳白色の液体はクジラのお乳ということになり、こんな珍しいものを舐められる機会は滅多にないと、指にちょっと付けて舐めてみている。

男たちが本格的な解体を始めると、クジラの周りにいた女性たちは、解体している男たちに食事を作るため、近くに張ったテントへと引き上げて行った。

まずはマクタックと呼ばれる、厚さ1〜2cmの黒い表皮と50cmほどの厚さの白い脂肪層と一緒に、長い柄のついたナイフで切って剥がして行く。そしてマクタックを剥がし終えると、肉の固まりを切り取って行く。

下腹部付近で解体作業をしていた男があるものを見つけた。
「なあ、このクジラ、ウスックがあるぞ」


テントの中で料理をしていた女性たちが、そのことを聞いたとたん、慌ててテントの外へ出て、唾を吐く。中には嘔吐しそうな人も。
男たちはその姿をみて爆笑している。しかし、その男たちの中にも、盛んに唾を吐いているものがいる。

「ウスック」これは本文とは別のクジラ
そう、そのクジラには直径15cm、長さ1mほどのウスック、すなわち「陰茎」があった。
普段、クジラなど海産哺乳類の陰茎は体内に隠されているので、あまり目に触れることはない。
陰茎がある、ということはそのクジラはオスであり、珍しがって舐めていた乳白色の液体は、クジラの精液だったのである。
確かにこんな珍しいものを舐める機会は滅多にない。
例えそれがお乳ではなかったにしろ。

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