2012/11/12

卵の日 その1

「ゆで卵食いてぇー」
「冷蔵庫にまだ卵残ってるよ」
「ニワトリじゃなくて、アッパルーラックの卵」
「あぁ、そろそろだね。 今年は寒かったから、ちょっと遅いかもなぁ」
「土曜日あたりに様子を見に行ってみようか」

毎年、こんな会話が6月の終わり頃に交わされ、その数日後に、トンプソン岬へと出かけて行くことが恒例になっている。
飛んでいるハシブトウミガラス
アッパルーラック、通称「アクパス」、日本名は「ハシブトウミガラス」。天売島に生息している絶滅危惧種の「オロロン鳥(ウミガラス)」よりわずかに大きい(らしい)。
氷の海でクジラやアゴヒゲアザラシの猟をしていると、大きな群れが水面近くや頭のすぐ上を飛んで行く。
水面を泳いでいるものは、飛び立つためには長い滑走が必要で、ボートなどから逃げる際、滑走途中で飛ぶのをあきらめて、水に潜ってしまうものも多い。
そしてこのアッパールーラックが卵を産むのは、6月下旬から7月上旬にかけてのトンプソン岬の高く険しい崖の斜面。卵を拾える期間は1週間弱。

「ロープはあるよね?」とH。
「この間、短いの何本かつないだから、たぶん長さは充分だと思うよ。ハーネスもロッククライミング用のを日本から持って来たけど」
物置で見つけた太いナイロンロープが数本。Hが仕事に行っている間に、弱っているところを切って、編み込んでつないだものが50m以上ある。
上が今回作ったもの。下が以前のもの
「ロープがちょっと心配だけど、ま、大丈夫だろうね」
「それと卵拾うスプーン、新しいの作ったから」
「どうやって?」
「太い針金と凧糸と、物置にあった材木」
「そんなんで大丈夫かな、すぐに壊れちゃうんじゃない?」
非常に懐疑的なH。
離れたところから卵を拾うためのスプーン。以前使っていたものは、Hが作ったもので、おたまやタオル、針金、良くしなる釣竿で作ったちょっと使いにくいものだった。もうちよっと使いやすいものが欲しいね、とのこで、Hが仕事に行っている間に、ヒマに任せて物置にあったもので作ったものだが、強度は考えて作ったつもりだ。
「大丈夫だって。使ってみればわかるから」

土曜日。例によって昼過ぎまで寝ているH。そういうわけで出発は遅くなる。
夕方近くになってから慌ただしく用意を始めて、ホンダでトンプソン岬を目指す。この時期は白夜なので、出発時間は特に気にしていない。あるときは、深夜0時過ぎに出発したこともあった。
トンプソン岬に上がる手前の海岸で、20代前半の若者数名と合流し、スーサイド・ヒル(自殺ヶ丘)という物騒な名前だが、とても景色の良い丘陵地のトレイルを通って、トンプソン岬の丘へと登って行く。
目的地の崖に近づくと、アッパルーラックの賑やかな鳴き声と、養鶏場のような匂い、要するに鳥の糞の匂いが漂ってくる。
若者たちが長いロープとハーネスを持っていたので、卵を拾うのは彼らに任せて、我々はロープを握って彼らの補助をすることに。
Gがハーネスをつけ、卵を拾うスプーンを持っていなかったため、我々のものを貸す。上では5人の男がロープを握り、準備完了。
ロープに身体を任せて、急斜面をゆっくりと降りて行くG。
ロープには充分な人手がありそうなので、Gの姿が見える位置へと崖の上を歩いて行く。

「気をつけろ、あまり端に寄って落ちるなよ」
トンプソン岬の崖の上
「分かってるって」
「分かってないよ」
表土は崖に向かって、緩やかに下がっている。すなわち表土はじわじわと滑落しているので、表土と共に崖の下に真っ逆さま、ということもある。数10mある崖、落ちたらまず、助からないだろう。
Gは手とスプーンを駆使して卵を拾いながら、どんどん急斜面を降りていく。3〜40mは降りているだろうか。無線機を忘れたので、大声を張り上げてロープを握っている上に指示をしながら、右へ左へと移動している。
30分ほどしてから、満杯のザックとともに上がってくる。
ザックの中からは、5〜60個の卵。中には割れた卵もある。
「スプーン、どうだった?」
「結構使いやすかったよ」
自分で作ったけれど、家の周りでは試しようが無いので、果たして使いやすいかどうか不安だったが、どうやら問題なく使えるものができたらしい。一安心。

「W、お前、始めての卵拾いだよな?」
Tがニヤニヤしながら、尋ねる。
Wがうなずくと、
「これは一種の儀式と言うか、始めて卵拾いに来たら、みんなやることなんだよ。な、H」
「そうだね。オレも前にやったよ」
拾って来た卵
と、笑いをこらえながら答えるH。
Tは卵の中から、ヒビの入ったものを選んで、Wに手渡した。
「さ、そのまま飲んでみようか」
「え、まじ?」
「うん、まじ」
Tはポケットから携帯電話を取り出し、録画を始める。
Wは恐る恐る、殻の一部をむいて、渋い顔をして卵と周りの男たちを交互に見つめる。
「早く、ほれ、早く」
意を決して卵を割って口に流し込むが、鶏の卵の倍くらいの大きさがあるので、口から溢れ出しそうになる。
「飲み込まなくちゃだめだって」
こみ上げてくるのを必死にこらえながら、どうにかすべて飲み込んだが、サングラスの下の目が明らかに涙目になっているのがわかる。他の連中は笑いすぎて涙目になっていた。

「まだヒビの入った卵あるよね」
割れた卵
自分もヒビの入った卵を選んで、殻を割って口へ流し込む。
鶏よりも濃厚で甘い黄身の味が口一杯に広がる。
「醤油あると、もっとうまかったかもね。ご飯にかけて食べてもうまいんだよ」
そんなことを言っているとTが「今年はまだやってなかったな」
と言いながら、ヒビの入った卵を選んで、殻を割って生のまま飲み込む。

Tもそうだが、自分も、毎回卵を拾いに行った際、割れた卵を現地でそのまま飲むことにしている。している、というよりは、自分の場合、慌ただしく出発して、事前に何も食べていない場合が多く、大概腹が減っているので、おやつ代わりに食べているというのが真相である。

崖の中腹で卵を拾っているが、岩陰で姿は見えない
普通のアメリカ人にとって(エスキモーもアメリカ人)、卵を生のまま食べると言うのは、相当の下手物食いになるらしい。映画「ロッキー」で主人公がビールジョッキに入れたいくつもの生卵を一気飲みする場面があった。あのシーンはアメリカ人にとって、相当ショッキングな場面だったらしい。日本人の自分から見れば、大したことは無いと思っていたのだが。

その後、崖を何カ所か回って、200個以上の卵を拾い、参加した男たちで均等にわけた結果、一人あたり40個程度のニギャック(分け前)となった。
家に帰るなり、後片付けもそこそこに、ゆで卵を作り始め、出来上がったのは深夜3時頃。
熱々の卵の殻を剥いて、塩とコショウをかけて頬張れば、初夏の味。シールオイルを付けて食べてもうまいのだが、シールオイルは物置の冷凍庫の奥の方なので今回はあきらめる。
透明感のある白身と、ちょっと黄色の濃い黄身と。 ふたつも食べるとかなり腹にたまり、それと同時に疲れが一気に押し寄せて来て、ベッドへと倒れ込むのだった。

「その2」に続く

1 件のコメント:

  1. お疲れ様です。
    写真展の来場者からの質問で~す。

    ・日本の夏は蒸し暑いけれど、ポイントホープの夏はどんな感じですか?

    ・毛皮の保管はどうしているの?日本だとクリーニング屋さんで湿度管理してもらいながら預けますが・・・

    ・写真には白人も東洋人も移っていますが、エスキモーは何民族に属するのですか?

    ・お弁当にクジラは持って行くの?

    ・学校はアメリカと同じ?北海道と本州みたいに夏休みとかに差はあるの?

    ・エスキモーは普段どんな仕事についているの?サラリーマンやOLはいるの?

    ・大統領選がありましたが、候補者は遊説にくるの?
     投票はインターネット?

    ・学校のお弁当にクジラは持って行く?

    ・公用語は英語ですが、日常生活でエスキモー語はつかいますか?

    ・クリスマスは祝う?ツリーはどうするの?エスキモーにはシャーマンがいたと思いますがその人たちはサンタさん?

    ・番組でエスキモーに嫁いだ日本人をみたのですが、ポイントホープに日本人はいますか?

    ・日本のことはどのくらいしっていますか?
    アニメとかは流行っている?

    ・ホンダのガソリンはどうしているの?ガソリンスタンドはあるの?

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