ポイントホープの人たちは、エスキモーとは言えアメリカ人なので、基本的にみな、英語名を持っている。しかし、誰もが英語名の他にエスキモー語の名前を持っている。
英語名にしても、エスキモー語名にしても、近い先祖(祖父母、大叔父、大叔母など)から受け継ぐ場合が多く、結果的に同じ名前の人が非常に多くなる。
あるとき、数人の男たちが世間話をしていた。その男たちのうち「Herbert(ハーバート)」が4名。父がハーバートjr.、息子がハーバートIII世、息子の叔父がハーバート。途中で合流した男の一人がハーバート。
父のハーバートはいつもニックネームで呼ばれていて、自己紹介する際も、本名は言わず、ニックネーム。
叔父と甥っ子について話をする際は、大きいほう、小さいほうで区別したり、叔父はミドルネームがあるのでミドルネーム込みで呼んだり。
同じ名前がたくさんいても、意外とどうにかなっている。
ついでに言うと、ハーバート父ちゃんのエスキモー語の名前は孫と一緒。
曽祖父の義理の弟の名前をファーストネームに、曽祖父の名前をミドルネームに持つ
3歳のチャーリー・ジョン。
ジョンは既に故人だか、チャーリーはまだ元気。チャーリーがチャーリーをあやしていることがよくある。
エスキモーと名前の関係を語る上で欠かせないのがと「アチャック」と「ウーマ」という言葉だろう。
どちらも日常的に、頻繁に出てくる言葉で、前者の「アチャック」は自分と同じ名前を持つ人に対する呼びかけ。後者の「ウーマ」は自分の配偶者と同じ名前を持つ人に対する呼びかけである。
前出のチャーリーとチャーリー、ハーバート同志がそれぞれアチャック。ハーバート父ちゃんと孫もアチャック。
ハーバートの奥さんは、他のハーバートから見てウーマ。ハーバート父ちゃんの奥さんと孫の関係はウーマ。
家族単位で狩猟生活をしていた昔 、同じ名前を持つ人を家族の一員として扱うことで(拡大家族)、狩猟や生活を協力して行えるようになる。家族が増えることで、厳しい生活が少しでも楽になる。そういうことから「アチャック」「ウーマ」という関係ができたのではなかろうか。
かつて、キリスト教が入ってくる以前、エスキモーの間では、死んだ人は再び産まれてくることで再生すると考えられていて、亡くなった人の名前を産まれて来た子供につけていたそうだ。そんな過去の風習が現在まで続いているのだろう。
昔、自分よりずっと若い小さな子どもに対して「おじいさん」「お父さん」などと呼びかけることがあり、原語学者を悩ませたことがあったそうだ。これはその子の名前が、呼びかける人の祖父、父親と同じ名前だったからだそう。
孫の名前が自分の亡くなった姉と同じ名前なので、祖母と孫がお互いに「シスター(お姉さん、妹)」と呼びあっている例が今もあるが、これも過去の風習が今も生きているのだろう。
名前は神聖なものなので、他人に本名は決して明かさず、常にニックネームで呼びあっていた地域もあったそうだ。
ポイントホープでは、本名を明かさないわけではないが、常にニックネームで呼ばれている人がいて、あるとき本名を知って、今まで言っていた名前が本名ではなかったと知ってびっくりすることがある。
そしてニックネームの由来を聞いても、話せば長くなる、とかなんとか言って話をはぐらかされてしまう。
先祖伝来の名前を、ファーストネームにすることもあれば、ファミリーネームとして使っている場合もある。
オクタリックやティングックというファミリーネームがあると同時に、エスキモー語のファーストネームがオクタリックやティングックと言う人もいて、ちょっとややこしい。
非常にお世話になっている人のファミリーネームは「Kinneeveauk」。これでキニヴァックと読む。「e」が3つもあるので、郵便物の宛名を書く時に、eの数と位置が正しいのか、いつも不安になってしまう。
という話を、結婚してキニヴァック家の一員となった友人の奥さんに話をしたところ
「私もいつも悩むのよ」と。
彼女、結婚して既に5年以上経っている。
Kinneeveauk一族のある老人曰く
「昔はもっとeの数が多かくて、これでもだいぶ減らしたんだよ」
冗談が大好きなエスキモーの言うこと、果たして本当かどうかはわからない。
参考文献「図説 エスキモーの民族誌(アーネスト・S・バーチJr.他)」原書房
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